アゼルバイジャン共和国(バクー郊外)
ビビヘイバートモスク |
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市街を離れ、少し南の郊外へ。 |
ビビヘイバートモスク |
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シルバン・シャー王朝のシルバンとはカスピ海西岸、現在のアゼルバイジャンの一部地域を指す地名の事。 |
ビビヘイバートモスク |
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シルバンの地には紀元前から幾多の王国が建立され滅亡して行った。 |
ビビヘイバートモスク |
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ビビヘイバートモスクは過去に何度か破壊され、その度に再建されたが、第二次大戦前、旧ソ連の革命組織ボリシェヴィキによって徹底的に破壊された。 |
ビビヘイバートモスク |
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モスクの南側には礼拝堂がある。 |
ビビヘイバートモスク |
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ここは女性専用の礼拝堂。 |
ビビヘイバートモスク |
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ウケイマの霊廟。 |
ビビヘイバートモスク |
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ウケイマの霊廟。 |
ビビヘイバートモスク |
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ウケイマの霊廟の格子のすき間から中を覗き込む。 |
ビビヘイバートモスク |
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ウケイマの霊廟の上部のドーム。 |
ビビヘイバートモスク |
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信仰心の厚いお年寄り達が、少しでもウケイマの治癒能力の恩恵に与ろうとお詣りに来ていた。
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ビビヘイバートモスク |
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モスクの外へ出ました。 |
ビビヘイバートモスク |
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こうして見ると、モスクは海沿いの高台に建っている事が判る。 |
ビビヘイバートモスク |
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モスクと道を挟んで反対側の山の斜面にはイスラムのお墓があった。 |
ビビヘイバートモスク |
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イスラムの墓地に建つ墓標の数々。
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拝火神殿アテシュガー |
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ここはバクーの郊外、東へ30K程の所にある拝火神殿アテシュガー、拝火教の寺院。 |
拝火神殿アテシュガー |
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入り口にあった説明盤。 |
拝火神殿アテシュガー |
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寺院を取り囲む、要塞の様な石壁。 |
拝火神殿アテシュガー |
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神殿の入り口の門。 |
拝火神殿アテシュガー |
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入り口にあった案内図。 |
拝火神殿アテシュガー |
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寺院の中へ入りました。
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拝火神殿アテシュガー |
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永遠の炎。 |
拝火神殿アテシュガー |
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ゾロアスター教は教祖ゾロアスターが紀元前16世紀頃に現在のアフガニスタン北部で開いたとされるが、不明で良く判っていない。
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拝火神殿アテシュガー |
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寺院内にはいくつかの僧侶が居住していた僧房が残る。 |
拝火神殿アテシュガー |
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一つの展示室では像の影絵を映し出していた。 |
拝火神殿アテシュガー |
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神殿の城壁の様な石壁。 |
拝火神殿アテシュガー |
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シルクロードに時代にはラクダの隊商が泊まるキャラバン・サライとしても使われた。 |
お土産屋 |
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寺院の敷地内に、小さいながらもお土産屋があり、小物類を置いていた。 |
鉄道駅 |
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寺院のすぐ横を鉄道が通っていた。 |
拝火神殿アテシュガー |
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寺院の最寄りの駅はスラハニ駅。
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